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周到に時間をかけて仕組まれてきた「中国包囲網」が完成した。 この「包囲網」の完成は、 一度「Uncontrollable」になりかけた中国が 再度「Controllable」な存在になったことを意味していた。 しかし、これをもって出てきた当事者たちの行動は、 同時にこの「包囲網」の本質を明らかにもしたのだった。 当事者たちは再度中国の未来にコミットし始めたのだ。 「Controllable」な存在であり続ける限りにおいては、 中国という国と敵対する必要はない。 むしろ「友好」関係を築き、 経済発展してくれるほうが望ましいという、 当初のスタンスを継続できる状況となったのだ。 彼らの行動は、その「スタンス」を明確に表していた。 つまり、皆が中国の敵に回り始めたわけではない。 中国の暴走に対する「保険」をかけ始めたのだ。 中国の暴走に対する「ヘッジ」というのが この「中国包囲網」の本質だったのだ。 だから、この「中国包囲網」が 「中国民主化」の発火装置になるという 期待を抱いている人がいるとすれば、 残念ながら、その望みは断ち切られる公算が高い。 「中国包囲網」は、 共産党政権の恩恵を受けていない 「おいしい思いをしていない層」を助けてはくれないのだ。 なぜなら、それは彼らの目指す 「制御」の範囲外のことだからだ。 では、この「おいしい思いをしていない層」は もはや救われない運命にあるのでしょうか。 (すいません。今回では終わらなさそうです。 あと1回だけ続きます。申し訳ありませんm(__)m) ご訪問頂きありがとうございます。 当ブログは下記ランキングサイトに参加しています。 あなたの清き一票をよろしくお願いします!! ![]() ![]() 【お知らせ】 「ニュースウォッチ」はメルマガに移行させて頂きました。 こちらも是非ご購読よろしくお願いいたします。 よろしければ下のバナーをクリック頂き登録画面にお進み下さい。 ★また、当ブログは「解析」ブログであり、 思想信条を世に問う「評論」ブログではありません。 宜しければこちらをご一読頂き、 趣旨をご理解頂いた上でご利用下さいますようお願い致します★ ↑過去記事をご覧頂ける方は、こちらをクリックして下さい。 <期待通りの広がりを見せない「自由を求めるムーブメント」> 今年3月に勃発したチベット蜂起。 聖火リレー直前に起こった「自由を求めるムーブメント」と、 それに対する中国政府の弾圧行為は、 世界中に「衝撃」を持って受け止められた。 【参考】中国分裂シナリオが始まった!? http://keyboo.at.webry.info/200803/article_16.html その「衝撃」が、 「FreeTibet」ムーブメントを巻き起こし、 聖火リレーを大混乱に陥れ、 世界的嫌中感情を引き起こした。 【参考】北京で五輪を開催させた本当の狙い http://keyboo.at.webry.info/200805/article_4.html http://keyboo.at.webry.info/200805/article_5.html しかし、北京政府がこの「自由を求めるムーブメント」を 容認することなどは到底考えられなかった。 理由は、分裂が連鎖的に広がるのを怖れていることと、 チベットにある豊富な鉱物資源を手放したくなかったからだ。 【参考】「中国分裂」問題・シナリオの再点検(仮投稿) http://keyboo.at.webry.info/200803/article_21.html また、チベットには「核」が存在するとも言われている。 そんな地域をそう簡単に渡すことなど出来るはずがない。 【参考】インド、中国間の緊張(ダライラマ法王日本代表部事務所) http://www.tibethouse.jp/atomic/atomic18.html インドのフェルナンデス国防大臣は、中国はインドにとって「もっとも脅威を与えうる国家」である、と断言したらしい。「インドは中国の陸海軍活動にさらされている。中国は、チベットとインドの国境で核兵器を備蓄している。また、チベットでは軍の飛行場を拡張し、ロシア製の最新型 「スホーイ」戦闘機(SU-27)を配備しようとしていた。このような状況の変化は、全て過去半年間に起こったのだ」 さらに、チベットはNATOの後ろ盾のあったコソボと違って、 安全保障を確保するための「軍事的裏づけ」が弱い。 つまり、チベット単体では質・量ともに圧倒する 人民解放軍に勝てるわけがなかった。 従って、 チベットが自由を手に入れるためには、 このムーブメントの拡大がチベットに留まらず、 現状「おいしい思いをしていない層」の結集が、 「中国全体に」広がる必要があったのだ。 【参考】中国内部が抱える対立構造 http://keyboo.at.webry.info/200710/article_19.html http://keyboo.at.webry.info/200710/article_20.html http://keyboo.at.webry.info/200710/article_21.html その期待通り、「ムーブメント」は拡大を見せ始めた。 チベット騒乱が起こった直後、 同じ異民族のウイグルでも蜂起の手が挙がったのだ。 【参考】ウイグル自治区でも3月にデモ 五輪後の中国に変化期待(iza:2008/5/9) http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/china/143762/ −いま、新疆ウイグル自治区では何が起こっているのか そして、このムーブメントは 中国全土にまで拡大を見せるかと思われた。 「FreeTibet」を掲げた世界中の人たちも その広がりに期待し、固唾を呑んで見守っていた。 しかし、残念ながら期待に反して このムーブメントは、 これ以上の広がりを見せなかったのです。 それは一体なぜなのでしょうか。 <「愛国」によって超えられない「民族」の壁> チベット、ウイグルの蜂起によって 「おいしい思いをしていない層」が全国的に結集するかと思いきや、 とんでもない、中国国内の民衆のリアクションは、 まったくの「真逆」だった。 【参考】仏への抗議行動、中国各地で拡大(日経:2008/4/20) http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080420AT2M1902219042008.html 【参考】北京の仏大使館前、抗議行動の車列(日経:2008/4/19) http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080419AT2M1901B19042008.html 【参考】中国各地のカルフール前でデモ 客に罵声「売国奴」(朝日:2008/4/19) http://www.asahi.com/business/update/0419/TKY200804190176.html 山東省青島では同日午前、カルフール名達店の前に約千人が集まった。国歌を歌い、「カルフールをボイコットしろ」などと叫んだ。警官に誘導され入店した客に「売国奴!」と罵声(ばせい)が浴びせられた。 彼らは騒乱を弾圧した北京政府を支持し、 蜂起した異民族及び嫌中感情を顕わにした外国勢を 非難する側に回ったのだ。 これは恐るべき「愛国教育」の結果であった。 強烈な「愛国」の壁に阻まれたことによって この「自由を求めるムーブメント」は、 「漢民族vs異民族」の壁を越えることができなかったのだ。 【参考】「狭い民族主義」に陥った愛国主義教育運動(21世紀中国総研:2004/9/3) http://www.21ccs.jp/china_watching/DirectorsWatching_YABUKI/Directors_watching_04.html 『綱要』の第30条から第32条は、中国国旗の尊厳や中国国歌(義勇軍行進曲)の斉唱などが指示されている。この精神を外国の国旗や国歌にも適用するという開かれた精神は教育されることがなく、外国の国旗を焼くことが愛国主義だとするごとき逸脱狼藉がみられたのは、キャンペーン全体が国際主義を忘れたことの帰結であろう。 民族を超えた結集が起こらない限り、 数の上で圧倒されている「異民族」が、 「漢民族」に勝てないことは火を見るより明らかだった。 【参考】ウイグル自治区でも3月にデモ 五輪後の中国に変化期待(iza:2008/5/9) http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/china/143762/ −蜂起は予想されるか この「ムーブメント」が成功を収めるためには、 「『漢民族の』おいしい思いをしていない層」の結集 にまで広がらなければいけなかったのだ。 なぜなら、選挙のない国において、 現政権を交代させようと思ったら、 暴力に訴える「革命」しかないからだ。 【参考】中国に対する風向きが変わってきた? http://keyboo.at.webry.info/200801/article_10.html しかし、 それが「愛国」によって阻まれてしまった。 ところが、問題はそれだけではなかった。 蜂起の発端となったチベットでは、 もっと深刻な問題が発生していたのです。 最近本読んでますか? <一枚岩ではなかったチベット> チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ。 同時に、チベット民族結集の象徴として 彼らの精神的支柱であり続けてきた。 【参考】ダライ・ラマ(wiki) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%9E 「偉大なる五世」と呼ばれるダライ・ラマ5世ガワン・ロサン・ギャッツォ(1617-1682)は偉大な学僧であっただけでなく、モンゴルの後ろ盾を得て1642年に政教両面でチベットの最高指導者となった。以来、歴代ダライ・ラマは、チベット第一の都市であるラサ市を政治基盤とし、ゲルク派序列第一位の僧侶であると同時にチベット全域の政教両面の最高指導者であり続けてきた。 しかし、そんな彼が実は今、 チベットで急速に支持を失いつつあるのだ。 【参考】チベットからの支持を失いつつあるダライラマ(FT:2008/5/25) Tibetans losing faith in talks, says Dalai Lama http://www.ft.com/cms/s/0/da0e34a6-2a83-11dd-b40b-000077b07658.html しかし、FTとのインタビューの中でダライ・ラマは、中国との武力闘争を促す急進派の多くが、平和的対話を通じて自治権を獲得するという自身の戦略に対する信頼をどんどん失いつつあると指摘した。 ダライラマは「独立」ではなく、 チベットの歴史と文化を守るための 中国政府との対話による「高度な自治」を求めている。 しかし、残念ながら その戦略が功を奏していないという現実がある。 そして、それが半世紀の間ずっと続いている。 従って、「ダライラマのやり方では生ぬるい」として、 「完全独立」を目指す「急進派」が台頭してきたのだ。 【参考】米、チベット急進独立派の台頭を懸念(iza:2008/4/17) http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/138420/ 【参考】「抗議デモ行進中止を」 ダライ・ラマ、急進派に要請(朝日:2008/3/19) http://www.asahi.com/special/080315/TKY200803190264.html ダライ・ラマが、中国との対話を通じて外交・国防を除く「高度な自治」を求めているのに対し、活動家グループは批判的で、チベット独立を主張している。 それだけではない。 半世紀に及ぶ中国政府の侵略によって、 大量の漢人がチベットに入植しているのだ。 【参考】ダライ・ラマ:漢民族のチベット大量移入、「人口侵略」と非難(大紀元:20007/11/7) http://jp.epochtimes.com/jp/2007/11/html/d62511.html 報道によると、ダライ・ラマは「チベットの首都サラの人口は過去では5〜6万人しかいなかったが、現在では30万人にも達している。その内の20万人が漢民族だ」と明らかにし、チベット人は、チベット言語の学習機会が奪われ、寺院も政治化とかしたことから、まさに文化絶滅だと嘆いたという。ダライ・ラマは昨年の青蔵鉄道の開通は「天然資源の剥奪」に利用されると指摘した。 もはや純粋なチベット人が、 「チベット」地域のマジョリティでは なくなってしまっている可能性がある。 チベットの内部でも、 越えられない「民族」の壁が存在していた。 ウイグルと同じ状況が起きていたのだ。 そして、その大量の入植漢人は当然「現状維持派」だ。 「チベット」は実は内部で分裂しているのだ。 大量の漢人流入や混血によって、 チベットの中でも利害関係が混在してしまっている。 我々外部の人間は「チベットの」と一言で括ってしまうが、 その内実は意思統一が図られていない可能性が高い。 ダライラマを中心とする「穏健派」 武力による完全独立を目指す「急進派」 大量の入植漢人を中心とする「現状維持派」 この3者の利害が交錯しており、 「独立という気概」がチベットの中で 意思統一されているわけではないのだ。 そして、これまで見てきた「中国包囲網」も、 中国全体の混乱を望んでいるわけではない という点で「現状維持派」に近い。 チベット蜂起を促しては見たものの、 それは中国政府を制御するための「仕掛け」に過ぎず、 「包囲網」は最後まで面倒を見てくれるわけではなさそうだ。 【参考】見えてきた「中国包囲網」の本質 http://keyboo.at.webry.info/200805/article_10.html 従って、このままだと彼らの自由を求めるムーブメントは 失敗に終わる可能性が高い。 もはや万事休すなのだろうか。 いや、決してそんなことはなかった。 天は完全に彼らを見捨てたわけではなかった。 この絶望的な状況を 打開するかもしれない「希望の光」が 微かではあるが見えようとしていたのです。 (ほんまにマジで次回で中国ネタは最終回です。 引っ張りすぎて申し訳ありませんm(__)m) ご訪問頂きありがとうございます。 当ブログは下記ランキングサイトに参加しています。 あなたの清き一票をよろしくお願いします!! ![]() ![]() 【お知らせ】 「ニュースウォッチ」はメルマガに移行させて頂きました。 こちらも是非ご購読よろしくお願いいたします。 よろしければ下のバナーをクリック頂き登録画面にお進み下さい。 ★当ブログは「解析」ブログであり、 思想信条を世に問う「評論」ブログではありません。 宜しければこちらをご一読頂き、 趣旨をご理解頂いた上でご利用下さいますようお願い致します★ |
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中国は何処へ
中国が稲作をし、それを蓄え王という概念の出来始める高度な文明は我が祖先の発祥地四川においてであった。 そこで大地震が起き、海外メディアが自由とも言うべき活動の発端となったのは意義深い。 直前のチベット動乱では全く許されていなかったものが出入り出来た訳だ。 中国は確実に変りつつある。 それは貿易額において日本を抜き輸出入共に世界第3位と言う実績が自信となっているに違いない。 それが今回の胡錦濤国家主席の来日に顕れている。 小泉元首相の靖国参拝批判時には輸出入が現在の6%強しか無か... ...続きを見る |
よく考えよう 2008/06/02 11:54 |
自衛隊機を拒否する中国の反日国民感情
アジア安全保障会議 5月31日の産経新聞やの記事や日経新聞の記事は、何故かほとんど同じ内容の記事を掲載している。ここでは ここでは、日経新聞の記事 『自衛隊機派遣見送り、中国軍幹部「理解に感謝」(更新: 2008/06/02 10:35) 』を書きに示す。 【シンガポール=河野俊】中国人民解放軍の馬暁天副総参謀長は31日昼、シンガポールで開いたアジア安全保障会議での質疑応答で、自衛隊機ではなく民間機による日本からの救援物資輸送について「中国の歴史と伝統を理解してくれたものと感謝... ...続きを見る |
東郷 幹夫の思いつくまま日記 2008/06/02 18:54 |
目まぐるしく変った四川大地震・空輸報道?
中国の四川大地震の救援物資として、先方の要請により、テント200張り「、毛布4千枚などを自衛隊機で輸送する話の報道は、5月28日から、30日の間に、がらりと変った。その模様は次の毎日新聞の連続する5個のネット報道に現れている。 ...続きを見る |
東郷 幹夫の思いつくまま日記 2008/06/02 18:55 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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制御し支配しようとした試みが結果的にはそれとは逆の方向で働いてしまったというのは歴史の中に数多くあるような気がします。 |
ニートネスニート 2008/06/02 23:49 |
こんばんは〜 |
umejum 2008/06/03 00:51 |
最後の落としどころ(=最終的解析結果)をワクワクして待っています。 |
神戸人 2008/06/03 12:17 |
ニートネスニートさん> |
新快速 播州赤穂行き 2008/06/04 21:53 |
umejumさん> |
新快速 播州赤穂行き 2008/06/04 21:57 |
神戸人さん> |
新快速 播州赤穂行き 2008/06/04 22:29 |
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